【今日の1曲】LABCRY – 夢を見るなら

少し前にリリースされたceroのボーカリストでギター、フルート等の奏者で、多くの作詞作曲を手掛ける髙城晶平のソロプロジェクト「Shohei Takagi Parallela Botanica(ショウヘイ タカギ パラレラ ボタニカ)」のファーストアルバム『Triptych』。

これがとても趣味の良い作りで、派手ではないものの、アルバム通してスムーズに聴ける滋味に富んだ良質な1枚でした。

ceroと言えばここ数年、特に2015年リリースの3rdアルバム『Obscure Ride(オブスキュア ライド)』以降は評論家筋からの評価が最も高いバンドと言っても過言ではないと思いますが、その辺からバンド内のイニシアチヴが髙城晶平から、キーボーディストの荒内佑(いつもユニコーンのEBIに顔が似ているなー、と思う)に移ったのではなかろうか?という印象があります。

筆者はポップミュージックの才能というのはある種ボールのようなものだと思っていて、全体の中で幾つかのそれが回っているようなイメージ。
例えばそれはある時期には松任谷(荒井)由美の元にあったり、佐野元春の元にあったり、浅井健一の、中村一義の、高橋徹也の、佐藤伸二の、大野愛果の、といった具合に回っているのだと思っております。

ただ全部がそれに当てはまるとは思っていなくて、稀にずっと持っている人、例えばAphex Twin(エイフェックス・ツイン)だったり日本で言えば矢野顕子だったりK-BOMB(aka KILLER-BONG)だったりの、流行とはあまり関係のない独自性の高い才能を無理矢理ボールで例えると、ボール自体が変形して持ち主と不可分になってしまっているような印象で、桑田佳祐や竹内まりや、桜井和寿になると、ボールの例え自体が困難になるのですが。

これもうちょっとちゃんと整理出来たらその際はまた書こうと思います。

で、ceroの話に戻ると『Obscure Ride』収録の「Yellow Magus(Obscure)」という、元々アルバムの約1年半前にリリースされた楽曲のリアレンジバージョンを聴いた時に、「今、ボールの1つはここにあるっぽいなー」と思い、次作の4thアルバム『POLY LIFE MULTI SOUL』(2018年作品)のラストに収録された表題曲でそれが確信に変わった次第。

この2曲ってどちらもそれまでメインソングライターだった髙城晶平じゃなくて、荒内佑が作詞作曲の両方を手掛けているんですよね。

あくまでポップミュージックの範疇にありながら、その範囲を拡張してゆくような先鋭的な詞曲を生み出した荒内佑という人は、ここ5年くらいで1番と言っても良いほどキレているソングライターで、「旬のボール」というものがあるとすれば、それは多分今この人の所にあると思っています。

髙城晶平の楽曲も良質ではあるものの、単純にキレや主役感で言えばそれは荒内楽曲で、髙城楽曲は(2016年の「ロープウェー」除き)基本脇役に徹しているような印象があります。

急激に確変が起きたと言うか覚醒してしまったメンバーに対し、バンドメンバーとしては大変有り難く心強いと同時に、やはり一人のソングライターとしては複雑なものも少なからずあるのではなかろうかと、想像というか邪推してしまっていたのですが、この度リリースされたソロアルバム『Triptych』。これは髙城晶平の良さが十分に発揮され、バンドでの作品に比べ、スケール感ではひと回り小さいものの、まとまりの良さ、トータルの完成度ではもしかすると上かも知れません。

で、ここまで髙城晶平及びceroの話を書いておいて【今日の1曲】は掲題の通り全然別のバンド、LABCRY(ラブクライ)。

髙城晶平ソロのMVが無かったのと、ceroはまあ音楽に関心の高い人なら大体チェック済みでしょうから、活動しなくなって結構な時間が経ち、今では多分知る人ぞ知る存在になってしまっているであろうこちらで。

LABCRY-平凡
LABCRY – 夢を見るなら

LABCRYは以前取り上げたこともある羅針盤、渚にて、と並び「関西三大うたものバンド」とも称されたバンドで、フリージャズの旗手Albert Ayler(アルバート・アイラー、1936 – 1970年)のアルバム『Love Cry(ラブクライ)』(1968年作品)を想起する名前を持つハイセンスなグループ。

「夢を見るなら」は、1999年にリリースされた3rdアルバム『平凡』に収録されておりますが、この作品のLABCRYはまさにボールの1つを持っています。

『Triptych』は全9曲中歌入り6曲、インスト3曲の計9曲、約33分と、割とコンパクトな作品ですが、『平凡』は全5曲中歌入り3曲、インスト2曲の計5曲で、今手元に音源がないので収録時間はうろ覚えですが、こちらも確か33分くらい。

無理やり音楽的な共通点を挙げると両方共にアンビエント要素が結構あり、『Triptych』にある構築的な要素、一例としてNick De Caro(ニック・デカロ、1938 – 1992年)を想起させる部分だったりを抜いて、全体をよりフワッとした感じが『平凡』。

で、歌入りは3曲のみですが、この3曲がどれも極上で「行くところまで行ってしまった」印象。

個人的には90年代で最も評価が高いと思われるフィッシュマンズの大名盤『空中キャンプ』(1996年作品)とも比較しうる作品だと思っています。

何故か関西に多い、結構人を選びそうなフラットなボーカルですが、それも込みで是非聴いてみてください。

コメント

タイトルとURLをコピーしました