【今日の1曲】ムーンライダーズ – Cool Dynamo,Right on (2006)

一昨日昨日と二日間、東日本大震災に関して個人的に連想した選曲をしましたが、本日より『短期集中David Bowie(デヴィッド・ボウイ 1947 – 2016年)特集』に戻ります。

戻ります。
と書いておきながら掲題の通り【今日の1曲】はムーンライダーズ。どういうこっちゃ?って話ですが、まあよろしければちょっと読み進めて下さい。

えーと、David Bowie特集の方は2002年にリリースされた通算22枚目のアルバム『Heathen(ヒーザン)』を取り上げている最中で、1曲目から順に9曲目の「5:15 The Angels Have Gone(5:15エンジェルズ・ハヴ・ゴーン)」までご紹介してきたので、順番で言えば本日は10曲目、「Everyone Says ‘Hi’(エヴリワン・セズ・ハイ)」なわけですが、普通に紹介してもちょっと面白味に欠けるかな?と思った次第。

もちろん「Everyone Says ‘Hi’(エヴリワン・セズ・ハイ)」良い曲なんですけどね。

で、久々に「Everyone Says ‘Hi’」を聴いて、何故かムーンライダーズの「Cool Dynamo,Right on(クール・ダイナモ、ライト・オン)」を連想しちゃうんですよ。特に歌い出し部分。

この前のBUCK-TICKを代打でぶっ込んだ時みたいに曲同士が類似しているわけでもなく、強引に「Everyone Says ‘Hi’」のコード進行である程度「Cool Dynamo,Right on」を歌うことも出来なくは無いのですが、そんなの幾らでもありますからね。

今回はもう完全に強引なこじつけ選曲です。

Cool Dynamo,Right On,
ムーンライダーズ – Cool Dynamo,Right on

ただ日本のミュージシャンでDavid Bowieに相当するのは誰か?と言えば、うーん、長いキャリアで音楽的変遷を遂げていった人となると、まずDavid Bowieと同年生まれの細野晴臣(1947 – )が思い浮かぶわけですが、歌の質感というか量感、比重が違う。
他にも同年代の加藤和彦(1947 – 2009年)、あがた森魚(1948 – )が思い浮かぶものの、ちょっとクセが強いというか程良いニュートラル感のようなものがあまり無い。
そうなると、ソロではなくグループになりますが、ここはやはり(前身バンドの「はちみつぱい」を含め)ムーンライダーズ以外には存在しないような気がします。
見た目は全然違うけれど。

『Heathen』収録のNeil Young(ニール・ヤング 1945 – )のカバー「I’ve Been Waiting for You」の記事でも書きましたが、リーダーの鈴木慶一(1951 − )は、YMOの高橋幸宏(1952 − )とのユニットTHE BEATNIKS(ザ・ビートニクス)で丁度同曲をカバーしていたりもするので(2018年にリリースした通算5枚目のアルバム『EXITENTIALIST A XIE XIE(エキジテンシャリスト・ア・シェーシェー)』収録)。
ボーカルは高橋幸宏だけれど。

ついでに書くと、昨日の徳永憲の楽曲でデュエットしていた小島麻由美が、ムーンライダーズの楽曲でも「feat. 小島麻由美」で参加していたりもします。
この楽曲では無いけれど。

なので、David Bowie特集に戻りつつ、昨日からの流れをちょっとだけ汲みつつ、といった選曲(のつもり)です。

で、この「Cool Dynamo,Right on」という楽曲はキャリア30年目の2006年にリリースされた通算19枚目のアルバム、『MOON OVER the ROSEBUD(ムーン・オーヴァー・ザ・ローズバッド)』の1曲目に収録されています。
作詞は鈴木慶一、作曲はキーボーディストの岡田徹(1949 – )によるもの。

後期ムーンライダーズの中でも屈指のキャッチーなメロディアス楽曲で、冒頭からの歌詞が大変秀逸。多めに引っ張っちゃうと、

君に預けた僕のハッピー
冷凍にして持ってておくれ
そうすればいつでも
あの頃が戻るだろう Right on

僕がもらった 君の時間
一秒ずつ 口に含んで
そうすれば 今すぐ
口吻けたく なるだろう

からのJean-Luc Godard(ジャン=リュック・ゴダール)の名作フランス映画『気狂いピエロ』(1965年作品)の最後を想起させる、

ダイナマイト持ったなら
フリーウェイでJamboree
忘れない事 集めて 吹き飛ばそう

今回記事を書くにあたり、Amazonで商品説明文を目にして知ったのですが、これ失恋ソングなのだそうです。
なんとなくそれっぽいセンチメンタルな歌だとは思っていましたが、こう明言されるとちょっと読み直してみようかなと思い、歌詞を改めて見て気付いたのですが、おや?これ多分、歌の流れ、つまり歌われている順序と、実際の時系列が違うんですね。

最後に歌われる

僕らには虹が見えた 燃え尽きそうな虹が見えた
僕らには虹が見えた 燃え尽きそうなこのメロディ

PVと合わせて見ると、これでなんとなくハッピーエンド風味にまとまっているように思ってしまうのだけれど、実はこれはもう過去の事であり、今の状況は、最後に唯一出てくる複数形の「僕ら」ではなくひとりきりで、2番の頭で歌われる、

闇の隙間に 何が見える
虹なわけがない
飛び散った過去の鬼火だ Turn off

となる。丁寧に「過去」と明示されてもいます。

ちょっとくどくなりますが、まとめると、それまで見えなかった虹が最後に見えたのではなくて、見えていた虹がもう見えなくなった。「僕らには虹が見え(てい)た」。
これ全然気付いていませんでした。と言うかなんとなく歪さは感じていたものの、ちゃんと考察した事が無かった。

事前情報で過去曲「ダイナマイトとクールガイ」の続編であり、同曲に出てくる「砂の天使」が再登場することや、これまた過去曲のタイトル「鬼火」が出てくるところ(こういう過去の自曲からの引用はDavid Bowieもやっていますね。キャリアがあるからこそ出来る手法)に気を取られていましたが、これかなり巧妙に仕組まれている歌詞だったんですね。

多分虹はももう燃え尽きちゃってる。
気が付いて読み返すとただでさえ切ない冒頭からの歌詞がさらに切なくなる。

なんて寂しい曲なのでしょう。

解釈間違っているかも知れんけど。

コメント

タイトルとURLをコピーしました