【今日の2曲】高橋徹也 – ナイトクラブ / 静かになりたい

カナダを代表するロックバンドRUSH(ラッシュ)のドラマーNeil Peart(ニール・パート)の訃報を受け、一昨日昨日と、二日間RUSHの楽曲を取り上げましたが、それまでなんとなく継続していたジャズ寄りの楽曲に一旦戻る事にします(実は2記事ほど準備してあったので)。

本日紹介するのは、日本のシンガーソングライター高橋徹也(たかはしてつや)が1998年に発表した2枚の怪作アルバムの内、最初の1枚で、5月に発売されたキャリア通算2枚目のアルバム『夜に生きるもの』に収録された楽曲「ナイトクラブ」。

…でもこれYouTube等にないんですよね。
サブスクは解禁されているので、そちらで是非聴いてみてください。

あとは当時のレーベルのディスコグラフィページで少しだけ試聴可。短くてよくわからんと思いますが。

この楽曲は高橋徹也の最高傑作であるばかりか、ホーンアレンジを手掛けたジャズミュージシャンでサックス奏者、文筆家でもありMiles Davis(マイルス・デイヴィス)の研究等の様々な分野での活躍でも知られる菊地成孔(きくちなるよし)の最高傑作の一つでもあるように思います。キレッキレ。とにかく最高に仕上がった只事ではない楽曲。

約半年後の同年10月には早々に『ベッドタウン』という、通算3枚目のアルバムをリリース。こちらも前作と甲乙付け難い、怪作であり大傑作。

この時期の高橋徹也ほどあからさまに何かに取り憑かれたような才気走り感が表出した人は、それ以降2020年現在までの間で、筆者が知る限り誰も居ません。1枚ならまだしも2枚連続は居ない。遡れば岡村靖幸や角松敏生が一時期これに近い感じだったように思います。

で、2枚の怪物アルバムの翌年1999年、現・東京スカパラダイスオーケストラで当時フィッシュマンズ(Fishmans)のドラマーだった茂木欣一が参加したシングル「愛の言葉」をリリースし、メジャー契約が終了。

ここで突然ですが個人的な『90年代の四大シンガーソングライター』を挙げると、徳永憲豊田道倫(パラダイス・ガラージ)小林建樹、そしてこの高橋徹也。
もう一人誰か入れて五大とするならばスガシカオで、中村一義と七尾旅人はちょっと別枠。別枠なのは、全員を聴いている人ならなんとなくわかってもらえると思う。

ちなみに『四大』の内、豊田道倫以外の3人は割と近い時期にメジャーからデビューしていて、割と近い時期に揃って契約を切られてインディーズに活動の場を移している。ちなみに元々インディーズで活動していた豊田道倫も1998年にパラダイス・ガラージ名義でメジャーから1枚アルバムをリリースし、同じく契約を切られている。

豊田道倫は結構人を選ぶので、ある程度仕方ないにしても、他3人はもっと辛抱強くプロモーションしていれば、日本のリスナー及び音楽の平均レベルは今よりもうちょっとは高かったのではないかと結構本気で思っています。この3人を切ってしまった各レコード会社の担当者や決裁者のセンスを疑う。

ただそれぞれインディーズでも傑作や良作をリリースしているので、作品だけにフォーカスすれば結果論としてはまあ良し。なのかも知れませんが、もっと広く聴かれて然るべき人達です。
商業音楽としては失格の烙印を押されたに等しいので、本人達のダメージも小さくはなかったでしょう。

この『90年代四大シンガーソングライター』についてはキリがなくなるので、今日のところはここら辺で、また後日くどくど書きたいと思います。

では本日もう1曲、高橋徹也が2002年にインディーズで初めてリリースした、6曲プラス別MIX1曲の計7トラック入りのアルバムなのかミニアルバムなのか定義不明の作品、『NIGHT&DAY,DAY&NIGHT(ナイト・アンド・デイ、デイ・アンド・ナイト)』より「静かになりたい」

https://youtu.be/lzDDT8L5Tnc
高橋徹也 – 静かになりたい

これはムーンライダーズの(って何かにつけて名前を出しているような気がしますが)大名曲「バック・シート」にも通じる大変危ない楽曲です。個人的には高橋徹也の全楽曲の中でもかなり上位に入ります。

Ki/oon Sony Records(キューンソニー)時代の1st〜3rdアルバムやシングルはサブスクで配信されていますが、インディーズ時代のものは現時点では配信されておらず、現在ではCDも入手し難い物が幾つかある状態です。

が、高橋徹也本人のブログによると年内に全作品のサブスク解禁をマストでやりたいそうなので、少し待ってみるのも良いかも知れません。

今年2020年には新作アルバム『怪物』が発売されるそうなので、これは楽しみ。ちなみに高橋徹也は嵐の大野君ではなくて相葉君似のスラッとした人です。

しかし嵐がこんなに上り詰めるなんて思ってもみなかった。
あと去年しきりに「嵐20周年」と言っていたので気付きましたが、フィッシュマンズの佐藤伸治が亡くなったのと嵐のデビューが同じ1999年だったんですね。亡くなった丁度半年後がハワイでデビュー記者会見の日。全く関係ない両者ですが、時間の感覚がまるでわからなくなる。

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