【今日の1曲】P-MODEL – 美術館で会った人だろ

昨日はURBAN DANCE(アーバンダンス)の成田忍による、COALTAR OF THE DEEPERS(コールター・オブ・ザ・ディーパーズ)のカバーという、New Wave感の強い楽曲を紹介しましたが、今回も引き続き日本のNew Waveバンドの楽曲を取り上げる事にします。

P-MODEL「美術館で会った人だろ」(ART MANIA)
P-MODEL – 美術館で会った人だろ

今ではもうすっかり大御所になった平沢進が率いたP-MODEL(ピーモデル)が、1979年にリリースしたデビューシングルであり、1stアルバム『IN A MODEL ROOM(イン・ア・モデル・ルーム)』の冒頭を飾る「美術館で会った人だろ」。

ところで、一昨日から「New Wave」というワードを説明なしに使用していますが、New Waveなんぞや?に関して、以下Wikipedia引用。

音楽におけるニュー・ウェイヴ(英語: new wave) とは、1970年代後半から1980年代前半にかけて流行したロックの一ジャンルである。

当時の日本におけるニューウェイブの定義は、英国のパンク・ムーブメントの後に登場した、新しいスタイルのロック・ミュージックというもので、その定義は曖昧だった 。

Wikipedia引用

すんごいざっくり付け足すと、50年代のロックンロール誕生から60年代一気に花開き、多種多様になったロック。
そのロックがどんどんハードになるものの、形式的な部分も割と多い「ハードロック」が文字通り硬直化してしまったりとか、クラシックやジャズと結びついて楽曲が長尺化したり超絶演奏技巧が必要になったりの「プログレッシブロック」が登場するも、それらがいよいよ飽きられて来たタイミングで出て来たのが、スリーコードを基調とするシンプルな演奏で衝動を叩き付けるような「パンクロック」。
そして「ハードロック」や「プログレッシブロック」のアンチ的な存在だった「パンクロック」もまた、形骸化するに従い、「パンクロック」から電子音楽や民族音楽、フリージャズや現代音楽等、色々な音楽的要素と結び付いて行ったのがNew Wave。

他にも「パンク」の精神的な部分に影響を受けた人達があえて激しい音楽ではなく清涼なアコースティックな音楽を志向したりだとかしたものもNew Waveに分別されていたりもするので、New Waveも幅が広くて一口にこれと言えないムーブメントであります。

分類方法の一つとして、髪型がそれまでの長髪から「パンク」以降一斉に短髪になった。というのもありますが、全員に当てはまる訳でもなく。

つまりは、70年代の末頃から80年代半ば位までの間に出て来て、「ハードロック」と「プログレッシブロック」、その他昔ながらの音楽をそのままやっている人達以外は大体New Wave。とも言えるという非常に大雑把な総称です。

なのでNew Waveの大枠の中でも色々とジャンルがある訳ですが、P-MODELはテクノポップに分類され、70年代後半から一世を風靡していたYMOに続くグループとして、ヒカシュー、プラスチックスと共に「テクノ御三家」と呼ばれたりもしてもいました。

ちなみにこのP-MODELのデビューアルバムは、当時プラスチックスに在籍していた佐久間正英が初めて手掛けたプロデュース作品でもあります。
佐久間正英については以前、N’夙川BOYSを取り上げた際にも書きましたが、BOØWY、ザ・ブルーハーツ、GLAY、黒夢、JUDY AND MARY、エレファントカシマシ、くるり等を手掛けた日本を代表するプロデューサーで、惜しくも2014年に他界。
日本のロックバンドのクオリティを担保していた1番の功労者はこの人だったと筆者は思っており、ここ5年位メジャーから安定した良いバンドがあまり出て来ないのは佐久間正英の不在が大きな理由の1つだと考えています。

話をP-MODELに戻すと、この動画でギター&ボーカルを担当している平沢進。えらい童顔ですが、この時既にキャリア6〜7年目。1973年からP-MODEL開始直前の1979年までの間、マンドレイクというプログレッシブ・ハードロックバンドで活動しており、そこからのこれ。

佐久間正英にしても元々は日本のプログレッシブロックを代表するバンドの一つだった、四人囃子(よにんばやし)のメンバーとしてデビューしていたりします。
それが殆ど素人同然だったメンバーが多数居たプラスチックスに加入し、海外レーベルからの音源リリースやワールドツアーまで成功させています。

丁度この時期シンセサイザーやコンピューターの登場もあって「新しいこと」が出来た。そういう時代だったんですよね。
今ではこれといって新しいムーブメントの登場も無く、「既に出尽くした」とすら言われたりもする、難しいと言えば難しい時代ではありますが、そんな中でも個々に面白い事をしている人達は少数でも確実に存在しているので、なるべく多く紹介することが出来たらな、と思っております。

ところで平沢進の父親は消防士なのだそう。
放火予告の歌でメジャーデビューした息子。と本人が前にどこかで書いていました。これは名曲です。

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