【今日の1曲】小沢健二 – いちょう並木のセレナーデ

昨日11月13日に、通算6枚目にあたるアルバム『So kakkoii 宇宙』をリリースした小沢健二。

ボーカル入りのオリジナルアルバムとしては2002年の『Eclectic』以来、17年ぶり。2006年のインスト作品『Ecology of Everyday Life 毎日の環境学』から数えても13年ぶりの作品。

「熱量が凄いなー」というのがまず聴きながら思った事。

あと先行シングルからも分かっていた事ですが、数曲の歌詞が今までの活動を踏まえての「サーガ」の様になっていて、小沢健二ヒストリーの最新版。みたいな感じ。そういう点では以前取り上げた日本のヒップホップユニット、THE BLUE HARB(ザ・ブルー・ハーブ)に近い印象も受けました。求道者的とも言えそうな態度で音楽、特に詞作に向かっている人って本当に少ないですもんね。

サウンドの方は『LIFE』発の『Eclectic』&『環境学』経由な感じで、「シナモン」はシングル曲「back to back」に近い感触も。元々相性の良いストリングスが多用されており、アルバム単位では今までで一番気持ちが良い作品なのでは。

これ、シングルや事前告知なしで、いきなりアルバムで出ていたらインパクトあっただろうなー、という「みっちりした濃ゆい作品」。「だけど聴き心地の良い作品」。一聴した時点での感想です。

というわけで、本日は小沢健二。名盤の誉れ高い1994年の2ndアルバム『LIFE』から、季節的にも丁度良い楽曲「いちょう並木のセレナーデ」を取り上げることにします。
ちなみにこのアルバムは、音楽雑誌ミュージック・マガジンが発表した「90年代の邦楽アルバム・ベスト100」で1位に選出されています。

いちょう並木のセレナーデ
小沢健二 – いちょう並木のセレナーデ

小山田圭吾とのバンド(ユニット?)フリッパーズギターの頃から作品毎に分かり易く明確にテーマ設定をしてくる人ですが、1991年フリッパーズの3rdにして最終作『DOCTOR HEAD’S WORLD TOWER -ヘッド博士の世界塔-』での「あらゆる事に意味はない」というような虚無的ニヒリズムとその泥濘に嵌る自分たち。
からの1993年のソロ1作目『犬は吠えるがキャラバンは進む(1997年『dogs』に改訂。ジャケットも変わる)』でのニヒリズムの否定。暗闇から立ち上がり、人生ひいては神的・宇宙的なものの肯定。といった具合。

そしてその1年後の『LIFE』は一気にギアを上げ人生を謳歌する姿をパッケージングして見せてくれているわけですが、アッパーで明るくポップな楽曲や、ナイトライフを歌った有名曲「今夜はブギー・バック」に囲まれた作品中で、この「いちょう並木のセレナーデ」は平熱というか、素の状態のセンチメンタルが歌われているような楽曲です。

「ブギーバック」や「ラブリー」、「ドアをノックするのは誰だ?」、「ぼくらが旅に出る理由」等、華やかな楽曲が並びますが、収録曲中で唯一替えが利かない楽曲がこれなのではないかと思います。あー、でもやっぱり「ぼくらが旅に出る理由」もそうか。都合二曲。

本人も気に入っているのか、シングル「さよならなんて云えないよ」のカップリングにライブ音源を収録したり、更には2003年にリリースしたアルバム未収録曲集『刹那』にもこのライブ音源を収録していたりもします。

なお、この「いちょう並木のセレナーデ」は、サザンオールスターズの原由子が1983年に発表した2ndソロ作『Miss YOKOHAMADULT』に収録されている同名曲(作詞作曲・桑田佳祐)にオマージュを捧げている作品とのこと。
歓声が入っているところとかまさにそんな感じですよね。
こちらも良い曲で、更に言うとアルバムの方も聴き応えのある佳曲揃いの良作なので、併せて是非。

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