【今日の1曲】加藤和彦 – ガーディニア

加藤和彦 – Gardenia
加藤和彦 – ガーディニア

ちょうど10年前の2009年10月17日に報じられた加藤和彦の自死。
軽井沢のホテルで。という最後まで加藤和彦らしさを感じさせる場所でした。

日本の音楽界きっての粋人だった加藤和彦。
遺書に綴られていたとされる「世の中が音楽を必要としなくなり、もう創作の意欲もなくなった。死にたいというより、消えてしまいたい」という言葉は、晩年患っていたとされるうつによるものでしょうが、悲しくて虚しい。

唐突ですが、「大衆」という概念と芸術的文化的な事柄について考える時、米国人作家 Henry Miller(ヘンリー・ミラー)が三島事件について語った言葉が思い出されます。Wikipediaにあったので以下引用します。

1970年11月25日、三島由紀夫が市ヶ谷の陸上自衛隊駐屯地に立てこもり、割腹自殺を遂げた事件(いわゆる三島事件)をみてこう語っている。

「三島は高度の知性に恵まれていた。その三島ともあろう人が、大衆の心を変えようと試みても無駄だということを認識していなかったのだろうか」

「かつて大衆の意識変革に成功した人はひとりもいない。アレクサンドロス大王も、ナポレオンも、仏陀も、イエスも、ソクラテスも、マルキオンも、その他ぼくの知るかぎりだれひとりとして、それには成功しなかった。人類の大多数は惰眠を貪っている。あらゆる歴史を通じて眠ってきたし、おそらく原子爆弾が人類を全滅させるときにもまだ眠ったままだろう」

「彼らを目ざめさせることはできない。大衆にむかって、知的に、平和的に、美しく生きよと命じても、無駄に終るだけだ」

Wikipediaより

三島由紀夫のその時の心境に関しての推察は本項では控えますが、加藤和彦ほどの人がHenry Millerが指摘したような事に気付いていなかった筈が無いので、やはりこれは端的に病気によるものだったのだと思っています。

1967年のザ・フォーク・クルセダーズ「帰って来たヨッパライ」でのデビューから、サディスティック・ミカ・バンド、2番目の結婚相手で、優雅なライフスタイルを共にした、作詞家の安井かずみとのコンビでの活動や楽曲提供など、多くの仕事を残した加藤和彦。
「同じことは二度とやらない」をモットーとしていて作風も多岐に渡る為、これから聴いてみようという人からすると、どれから聴いて良いものか、結構入り口が分かりにくい音楽家なのではないでしょうか。

そこで本日は1978年に発表された4枚目のソロアルバム『ガーディニア(GARDENIA)』から表題曲を紹介します。

本作は加藤和彦が坂本龍一と共にブラジル音楽(ボサノヴァ)を研究し、自己流に構築した国産ボッサの最初期作品で、サディスティック・ミカ・バンドでの朋友の高橋幸宏や後藤次利、他には鈴木茂やジャズ・フュージョン系のミュージシャンが多く参加。

加藤和彦のボーカルは悪く言えば不安定、良く言えば独特のフワフワ感があるので、このサウンドには絶妙なマッチングを見せているように思います。

名盤ガイド的なもので割とよく見かけるのは次作の『パパ・ヘミングウェイ(1979年作品)』から『うたかたのオペラ(1980年作品)』、『ベル・エキセントリック(1981年作品)』と続く、いわゆる「ヨーロッパ3部作」なのですが、個人的にこの3作はちょっと敷居が高い印象で、『ガーディニア』と共に「3部作」を挟む格好になる1983年作の『あの頃、マリー・ローランサン』が比較的聴き易いような気がします。

とは言え感じ方それぞれなので、これがピンと来なければあれ。あれがダメでもそれ。みたいな感じで色々聴いてみると良いのではないでしょうか。

当時の服装だけ見ていても非常に見応えのあるお洒落番長なので、安井かずみ含め、見た目や著書から入るのも良いと思います。

しかし10年あっという間でしたね。

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