8/6【今日の1曲】コトリンゴ – 悲しくてやりきれない

74年前、1945年8月6日午前8時15分、人類史上初の原子爆弾「リトルボーイ」が広島に投下され、約14万人が亡くなったと推定されています。

このような日に何を選曲していいものやら、一番最初に浮かんだのがこの曲、コトリンゴの「悲しくてやりきれない」でした。浮かんだ理由は明らかで、2016年に公開された映画『この世界の片隅に』の冒頭に使用されていたイメージからです。
これ以外に何かあるかなと考えて、日本の音楽グループA-Musikや、A-Musikがカバーした「平和に生きる権利」の作者でチリの音楽家Víctor Jara(ビクトル・ハラ)の諸作、ポーランドの作曲家クシシュトフ・ペンデレツキ(Krzysztof Penderecki)が書いた「Tren ofiarom Hiroszimy(広島の犠牲者に捧げる哀歌)」、広島出身の矢沢永吉「FLASH IN JAPAN(フラッシュ・イン・ジャパン)」、同じく広島出身の浜田省吾「八月の歌」、広島出身者ではないですが、戦争について誠実に受け止め音楽にしている印象のある七尾旅人の諸作等、改めて色々聴いてみたのですが、最初に浮かんだこの曲が、8月6日という日に限定すれば最も適しているように思いました。

コトリンゴ -「 悲しくてやりきれない 」
コトリンゴ – 悲しくてやりきれない

「悲しくてやりきれない」は、ザ・フォーク・クルセダーズ(The Folk Crusaders)が1968年3月21日に発表したシングル曲で、そのひと月前の2月21日に発売予定だった「イムジン河」が政治的理由(元々北朝鮮の楽曲に日本語詞を乗せてアレンジしたもので、諸事情により配慮)により発売中止になったため、急遽作られた楽曲。作曲者の加藤和彦によると、締め切り間近のタイミングでイムジン河のメロディーを逆に辿っているうちに、新たなメロディーが閃めいたのだそう。

映画『この世界の片隅に』の舞台が広島だったことから、すっかり紐付けられてしまいましたが、特にこの曲って表立って戦争について、ましてや8月6日について歌われている曲ではなかったはずなんですよね。

ですが実は作詞をした、詩人で童謡作詞家で作家のサトウハチローは、実弟を広島の原爆で亡くしています。
映画の製作者がその事を知っていての選曲だったのか、偶然だったのかは分かりませんが、8月6日という日にこれ以上適した楽曲というのは存在しないように思います。

「悲しくてやりきれない」このタイトルの一節が全てで、受け止めて生きて行こうとか、前を向こうとか、そういうことを言っていられない、考えられないほどにどうしようもない時や歴史がある。

そんな気持ちが歌として形になっている事に、改めてなんと言ったら良いのか、感謝、が一番近いような気がします。この歌があって良かった。

コトリンゴのアレンジはしっかりモダナイズされていて、ふんわりしたボーカルに結構鋭いギターの音が印象的です。こちら2010年に発表された『picnic album 1』に収録されたのが最初で、2016年の劇場用は別音源のようですが、パッと聴きでは違いが分かりませんでした。

エンディングではなくてオープニングにいきなり持ってくるんですよね、これを。劇場で見た時に、加藤和彦もう居ないんだな、というのも相俟って少し涙腺が緩んだり。この構成は上手いな、と今でも思います。

少しだけネタバレ、冒頭バレしてしまいましたが(ごめんなさい)、未見の方は絶対に見た方が良い大傑作映画です。

年末には『この世界の片隅に』長尺版『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』が公開されるそうですよ。

原子爆弾の犠牲となられた方々のご冥福と、ご遺族、被爆者の皆様のご平安を祈念いたします。

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