今日の1曲 黄昏のビギン – 水原弘

先日、歌が上手い歌手は誰か?という事でジェフ・バックリィ(Jeff Buckley)や、昨日はちあきなおみを取り上げましたが、日本の男性歌手では誰か?ということであれば、うーん、これは難しい…と考えるふりをしながらも実は腹の中では決まっていたりします。水原弘です。

多分、今の若い人も美空ひばりは名前くらいは聞いたことがあると思いますが、水原弘はなかなか出会う機会がないと思うので、簡単に紹介します。

水原弘という人は、1959年7月に発売されたデビュー曲、「黒い花びら」で同年の『第1回日本レコード大賞』を受賞した人です。つまりレコード大賞の初回は新人がいきなり獲ってしまったんですね。その年の『紅白歌合戦』にも出場しています。
作詞は永六輔、作曲は中村八大によるもので、この曲の誕生にはウソのような逸話があります。ちょっと長いのですが、Wikipediaから引用します。

本曲は、永と中村の最初期の共作の1作である。1959年6月、新作のロカビリー映画『青春を賭けろ』のためのオリジナル楽曲を必要としていた東宝は、渡辺晋を経由して売り込みに来ていた中村に、「明日までにロカビリーを10曲仕上げてくる」というとんでもないオーディションの課題を突き付けられる。中村が困り果てていると、放送作家として面識があった永と往来でばったり出会った。永はそれまで作詞の経験はなかったが、中村は永の了解をとるとそのまま自分のマンションに連れ込み、オーケストラ用の記譜担当者3名を待機させて徹夜で10曲作り上げた。10曲の中には本作のほかに、B面の『青春を賭けろ』や、ずっと後世になって再評価されることになる『黄昏のビギン』などがあった。

Wikipediaより引用

先に注意書きをすると、この10曲の中に『青春をかけろ』『黄昏のビギン』が含まれていたかどうかは、別の資料によると、あくまで推測で確定情報ではないらしいです。
まあ、それはともかく1日で10曲。しかも永六輔は作詞経験なし。そもそも往来でばったり。なかなかに出来過ぎた話です。この「六・八コンビ」はこの2年後の1961年、後に国境を越えて日本以外でも大ヒットすることになる坂本九の「上を向いて歩こう」を産み出すことになります。

水原弘に話を戻すと、デビュー前の高校時代に『素人ジャズ喉自慢』で優勝。ジャズ喫茶で歌っているところを渡辺プロ(通称ナベプロ)の現・名誉会長、渡邊美佐にスカウトされて芸能界デビューを果たしました。余談ですが、渡邊美佐と夫の渡辺晋は、昨年まさかの再ブームを巻き起こしたクイーン(QUEEN)の日本での人気に一役買った人達です。なおこの2人のことは2006年にスペシャルドラマ「ザ・ヒットパレード〜芸能界を変えた男・渡辺晋物語〜」として放映されたことがあります。渡辺晋は柳葉敏郎、渡邉理佐は欅坂46。すみません、文章長くなってきて小ボケ入れちゃいました。渡邊美佐は常盤貴子が演じていました。

余談が長くなりましたが、水原弘に話をまた戻しまして、1959年から紅白には連続3回出場。同時に主役級、準主役級で映画への出演も増えますが、そこで知り合った勝新太郎の影響もあってか、派手な豪遊をし始めるようになり、ざっくり言うと破滅一直線の私生活を送るようになり、1965年、遂には芸能界を追放されます。
後に奇跡のカムバックを果たすのですが、アルコール依存症から逃れることが出来ず、晩年はヒット曲にも恵まれないまま、1978年、42歳の若さでその生涯を閉じます。

本日紹介するのは、1991年ちあきなおみのカバーでも話題になった「黄昏のビギン」です。
この曲はデビュー作に続き1959年11月に発売された「黒い落葉」(黒いシリーズ第2弾。ちなみに第3段は「黒い貝殻」)のB面曲です。

黄昏のビギン-水原弘
黄昏のビギン – 水原弘

この甘い低音、これはたまらないものがあります。

せっかくなのでちあきなおみバージョンも。

黄昏のビギンーちあきなおみ
黄昏のビギン – ちあきなおみ

これYouTubeのコメント欄がどちらも熱くて、それぞれファンが「こっちのバージョンが1番だ」と言い合っているという。
どちらも素晴らしいのは言うまでもないのですが、これに関しては、筆者は水原弘に1票です。
ただし、ちあきなおみの喝采と水原弘の黄昏のビギンの対決となると、レベルが高すぎてジャッジ不可能になります。
国民的マンガ『ONE PIECE』で例えると、四皇とか海軍の大将とかの戦いみたいな規模感です(伝わるかな?)。

ここのところ筆者自身も「歌唱力」について考えさせられる選曲をしてみましたが、お楽しみいただけたなら幸いです。

結構な長文になりましたが、お読みいただきありがとうございました。

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